会報誌「ともに」横浜だより

20.5.11 No.53

「緊急事態」から人権を考える神奈川人権センター副理事長 工藤定次
<拡散する新型感染症と対応>
 新型コロナウイルス感染症が世界中に拡散、深刻な事態となっている。被害者は、直近確認(2020.5.6)で世界:感染者350万人超、死者25万人超、国内(クルーズ船等含む):感染者16,510人、死者590人、神奈川県:感染者1,128人、死者47人となっている。ニュースが届く頃には被害はさらに拡大しているであろう。今年1月8日に中国・武漢市で原因不明の新型肺炎発生報道以降、日本では1月18日に最初の感染者1人、2月3日に横浜港でクルーズ船感染者10人が確認された。その後、感染は急拡大するが政府のオリンピック優先、感染症の過小評価、初動対応の遅れが被害を拡げたと言えよう。3月2日、安倍首相が唐突に小中高一斉休校を「要請」し、教育や学童保育現場、保護者の生活に大混乱をもたらした。子どもの教育保障やストレスなどの対策、学童保育、保護者の休業補償など事前対策なしの「決断」であった。「改正特別措置法」が審議不十分なまま3月13日成立。「緊急事態宣言」も4月7日発動、4月16日全国対象、5月4日5月末まで延長となっている。マスク等必要物資の不足、「アベノマスク」の配布、外出自粛の首相動画、減収世帯30万円から国民1人10万円現金給付への方針転換、進まない検査体制等々、国民の不信と不安は増すばかりである。「緊急時」への政府対応は混迷と混乱を深めていると言わざるを得ない。自治体も休業補償など独自に対策しているが財源にも限界があり、先行きは不透明である。

<「緊急事態」と人権>
 「緊急時」には不安、恐怖感から「基本的人権の制約もやむを得ない」との主張が声高に叫ばれ、報道、世論も同調しがちとなり、権力は暴走する危険がある。「緊急時」だからこそ「人権尊重」の視点をもった対応、批判、監視する行動が重要であることをあえて強調したい。特に2点。一つは、改正特措法と緊急事態宣言。条文に罰則規定はなく、「宣言」によって「要請、指示」、一部「強制収容」が可能となるが運用次第では「強制」「制裁」となる。憲法に保障された基本的人権の制約については、十分な議論、国民の理解など慎重を期することが求められるが「自粛強制」からはその姿勢は全く伺えない。さらに「混乱」に便乗した首相・閣僚らの憲法への緊急事態条項設置(改憲)発言、報道への介入示唆、特措法改定(罰則の設定)、国民監視システム導入(感染追跡アプリ)、マイナンバーカード強制等の動き、拙速な教育論議などもあり「人権」の視点から警戒と監視を強めなければならない。次に「自粛強制」の中では社会的に弱い立場にある人々がまず被害、人権侵害を受けることになるのは自明である。その危険性が常に存在することへの認識とそうさせないための対応が必要であることを特に強調したい。

<差別、人権侵害は許されない>
 感染症の歴史はハンセン病、エイズなどの例をみるまでもなく偏見と差別との闘いの歴史でもある。今回も多くの差別事象、事件が起きている。まず感染被害者と医療従事者及びその家族への差別、風評被害が多発している。次に「緊急事態」に便乗した民族差別事件。今年3月、さいたま市でマスク配布の際、朝鮮学校を除外する事件が起きた。その後支給となったが行政による民族差別である。 同月、横浜中華街の料理店に在日中国人を誹謗、中傷した手紙が送付された。特定の民族へのヘイト行為であり決して許せることではない。さらにテレワーク、休業等は生活不安やストレスを増幅させ、DV被害、児童虐待、デマ・中傷行為による被害も多く発生している。差別を見逃さない迅速な対応、相談体制の拡充、人権教育・啓発活動の強化、推進が今まで以上に求められている。

<「強制」ではなく「選択」>
 今まず必要なことは、感染拡大防止と被害者救済へ向けた相談・検査・救済体制の強化、マスクなどの必要物資の供給、デマやヘイト行為・情報への迅速な対応、徹底した情報公開と正確な情報発信等である。医療従事者をはじめとする感染防止へ向けて献身的に活動している人々への私たちの積極的な支援、連帯も必要である。企業休業、倒産に伴って減収、失業に瀕している労働者も増えている。真先に対象となるのは非正規雇用、外国人労働者であり、雇用、生活確保対策も必要である。1人10万円給付金も住居不安定な野宿、ネット生活者や外国人への支給保障など差別のない対応が求められる。在日外国人への感染防止の対策、休業補償や制度への理解、情報の伝達、相談体制の強化なども緊急な課題である。最後に。今回の新型コロナウイルス感染症克服へ向けては行政、権力側による「強制」的対応、情報に依拠するのではなく、科学的知識、情報に基づいて個々人自らが主体的に判断し、「選択」することが今最も求めれているのではないだろうか。
その話、信じても大丈夫ですか?立教大学教員 石坂浩一
 私がこの頃毎日見ている、韓国の「コロナナウ」というサイトがある。韓国で新型コロナウイルスの感染が最も拡大したテグ(大邱)市の中学生たちが立ち上げたサイトだ。これを見ると、韓国の疾病対策本部が明らかにした感染者、死亡者、完治退院者などの数字が毎日の変化を含め、わかりやすく一目で理解できるようになっている。もちろん、対策本部を初め、公的機関はそうした情報を随時明らかにしているが、それが一般市民にとってわかりやすいかというと、ちょっと首をひねってしまうこともある。テグの中学生たちは、自分たちがこの厳しい状況の中でできることは何かを考え、市民に分かりやすい情報を提供し、今何をすればいいかを知らせてくれるサイトを作ったのである。
 例えば、新型コロナウイルスがどれくらい、どの地域で増えているか、感染経路がわかる人びとはどれくらいかといった基礎情報。そして、自分が感染したのではないかと感じた時に相談すべき保健所など公的機関の連絡先、各地域のマスクを売っている場所、注意すべき事項など、お役立ち情報が載っている。さらに、「#頑張れテグ」という激励メッセージを送るコーナーなどが、KBSなどのニュースリンクと併せて出ている。偏見に満ちたネットのあやふやな情報に惑わされず、信頼できる情報を知りたい、それなら自分たちで発信しようという中学生の誠実な姿勢が、このサイトにはにじみ出ている。そうだ、しっかりした情報は、自分たちで確実に点検し整理し、発信すべきなのだ。
 これは、テグで新興宗教の信者たちを発端に感染が爆発的に広がり、テグ市民が周りの地域から警戒のまなざしにさらされたことに対しする、中学生たちの答でもあっただろう。正しい対策が必要だ、テグ市民を排除してすむ問題ではない、一緒に感染を防ぐことが必要だと中学生が教えてくれている。韓国でも2月から3月の感染初期の段階では、一部に差別や偏見が広がったが、良識がこれを克服したというべきだろう。
 もう一つ、面白いエピソードがある。ソウルから南に地下鉄4号線で1時間くらい行った京畿道の都市にアンサン(安山)というところがある。特別市・広域市を除く市としては最も、中国人・朝鮮系中国人(朝鮮族)が多い都市だ。中国人だけでなく外国人住民が多く、2019年末現在で、全人口65万人のうち、105カ国の8万7696人が含まれ、14%を占める。文字通り多文化の都市だ。
 早い段階で韓国では右派系の政党や新聞が「中国人の入国を禁止せよ」と叫んでいた。新型コロナウイルスを「武漢病」と呼んでいた新聞もあったほどだ。ところが、一番中国人が多いこのアンサンの街に、3月上旬まで感染者はゼロだったのである。これには地方自治体や住民、人権団体の防疫や衛生広報の大変な努力があったという。低所得層にはアンサン市の力で消毒液や153万枚のマスクを配布した。
 韓国で大騒ぎになったテグの感染は2月18日ごろから確認され、2月中に猛威を振るった。しかし、テグで感染経路をたどると、感染源は韓国で強引な布教により物議を醸し、中国でもひそかに布教活動を展開していた新興宗教の韓国人信者たちが原因であった。この信者たちが中国を往来する過程で韓国にコロナウイルスが拡散されたと考えられている。決して「中国人のせい」ではなかったのである。アンサン市民はそれを証明した。
 さすがに、その後はアンサン市でも感染者が発生したが、大きな拡散は見せず、4月末にはアンサン市役所サイトのトップページからは、「今日の感染者数」を示す表示もなくなった。ホームページの「アンサン10景」というコーナーには、「多文化の街、ウォンゴクトン(元谷洞)」も健在だ。韓国の保健当局は感染者について厳しい管理を行ない、感染を抑え込んだことがすでに指摘されている。プライバシーの面では問題がなかったわけではない。だが、私たちが知っておきたい点がある。韓国でも偏見にとらわれた発言をする人たちがいなかったわけではないが、良識と行動で協力の社会をめざした人たちが、感染を抑える今のような状況を作り出したのではないだろうか。
 2015年の韓国におけるMERS流行を韓国社会はしっかりと教訓化した。そして、怪しい情報に踊らされることがほとんどなかった。日本では、いまだに怪しい話がたくさん出ているし、感染者が出ると、まるで犯罪者のように報じられ、ネットで問題にされる。私たちは、マイノリティにありもしない責任をなすり付けるかのような言説には、一度立ちどまって「その話、信じても大丈夫ですか?」と問い返していく姿勢が大切だと思わずにいられない。