信愛塾文庫

信愛塾文庫 第6集「明日はどこまで行こうか ペダルを越えたユーラシア」

<書評>

 小学生の時から愛塾に通ってきていた在日三世の金泰俊さんが自転車でユーラシア大陸を横断しポルトガルの口カ岬まで行くという。こんな途方もない計画に驚くとともに「彼ならできるかもしれない」と期待もした。そして、ひたすら旅の安全を祈った。それから一年三か月の旅を終えて彼は帰ってきた。開口一番「世界では通名は通用しないです」それに「韓国大使館でも日本大使館でもない、“在日”大使館が欲しかった」と語った。その言葉は彼が体験した困難からにじみ出た言葉として重く感じられた。旅の間ずっと書き続けてきた日記をもとに一冊の本にまとめた。それが「明日はどこまで行こうか」である。しかし、この本は単なる旅行記ではない。

 この本を読むと数々の国境を越え、そこで出会った人々との友情、極寒や猛暑の中での走行、雪道で凍り付くチェーンとの苦闘、死ぬかもしれないという恐怖や略奪まがいの盗難など、まるで自分が旅をしているかのような緊張感が伝わってくる。

 標高5千メートル、凍える寒さの中での疾走、時には発熱、下痢に苦しみながらの走行、またある時は遭遇した友とのビールやワインでの交流、さらにはたかってくるハエへの苛立ちなど、貧乏旅行を体験したものでなければイメージできないような話もふんだんに出てくる。ユーラシアという想像を絶する世界を駆け抜ける中で、見て、聴いて、肌や匂いで感じ取った体験が見事に描かれている。彼はスマホやパソコンなどの情報やGPSなどに頼ることよりも、苦労してでも言葉を交わし、地図で調べながら人との触れ合う旅のスタイルを選択した。世界といえば暴力、戦争の悲劇、壁の構築など、憎悪や迫害、排外主義などがはびこる時代ではあるが、そうではなくて世界との結びつき方としてこんな生き方もあったのかと覚醒させられる。世界が戦争に向かっているこんな時代だからこそ、今この本を読んでほしいと思う。もちろんスマホ依存の若い人々にもである。

NPO法人在日外国人教育生活相談センター・信愛塾
大石 文雄

 

信愛塾OB 金泰俊著

A5サイズ/157ページ

1500円