26.2.12 No.87
- 信愛塾での出会いを通して
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信愛塾でボランティアをしていると、子どもたちが学校で面白かった先生の話や、新しくできた友達の話、時には好きな人の話まで、楽しそうにたくさん話してくれる。その姿を見て、私自身も自然と笑顔になり、心が温かくなった。また、先週一緒に取り組んだ問題が解けるようになっていたり、分かる問題を他の友達に教えていたり、まずは自分の力で解こうと粘り強く考えている姿を間近で見ることができ、子どもたちの成長の速さに驚かされた。
特に印象に残っているのは、センター長の竹川さんの「子どもたちのお腹と心を満たしたい」という言葉である。お腹が満たされることで安心感が生まれ、心が開いてから学びが始まる。その考え方から、信愛塾では子どもたち自身が行動の主導権を持っていることを強く感じた。学習指導を任せていただいた際には、子どもたちの意思を尊重することを第一に考え、「ヒントちょうだい」と言われたときだけヒントを伝えるよう心がけた。
一つ心残りだったことは、中国から来たお友達と挨拶程度のやり取りしかできなかったことである。中国語を話せる王さんが来た瞬間、そのお友達がぱっと笑顔になった光景は今でも忘れられない。この経験から、多言語を学ぶことの大切さを強く感じ、自分自身の目標にもつながった。
ボランティアを通して、私は「普通とは何か」について考えるようになった。信愛塾に通う子どもたちは、私がこれまで出会ってきた子どもたちと何一つ変わらない。学校から帰って宿題を終え、公園で鬼ごっこをし、お菓子をもらえば喜び、友達とウノをして笑い合う。その姿はごく自然で、当たり前の日常そのものだ。
一方で、信愛塾で過ごす中で、「普通」という言葉が、社会の中でどのように使われているのかについて考えるようになった。国籍や言語、家庭環境、発達のスピードなどを基準に、多数派が「普通」とされ、それ以外が無意識のうちに区別されてしまう場面が、社会には存在するのではないだろうか。信愛塾で出会った子どもたちの姿から、そのような線引きがいかに意味のないものかを感じた。
信愛塾には、似た境遇の友達や、同じ言語で安心して話せる先生がいる。「同じような仲間がいる」「一人ではない」と感じられる環境があることは、子どもたちにとってどれほど心強いことだろうか。信愛塾は、子どもたちが自分らしく過ごしてよいのだと実感し、自信を育むことができる大切な場所であると感じた。
出身地や言語、家庭環境、発達の違いなどを理由に、安易に「違う」と決めつけてしまってはいけない。そもそも、完全に「普通」と言える人など存在しないのではないかと思う。さまざまな人と関わることで、視野は広がり、価値観は柔らかく変わっていく。そのことを、信愛塾での経験から学んだ。
人と違うことは、弱さではなく、その人ならではの力や、将来の夢のきっかけになることもある。私自身、イレギュラーで辛い出来事の経験を通して法律に興味を持ち、将来は弁護士として、弱い立場にある人に寄り添いたいという夢を抱くようになった。経験があったからこそ出会えた人や環境があり、今ではその出来事を、人生において大切な意味を持つものとして受け止められるようになった。今までたくさん踏ん張ってきた子どもたちの未来に、たくさんの笑顔と幸せが待っていることを心から願っている。そして、このような貴重な学びの場に関わらせていただいたことに、深く感謝している。
- MIC(ミック)かながわの医療通訳活動について
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MICかながわ(正式名称:(特非)多言語社会リソースかながわ、以下MIC)は神奈川県内で主に病院に医療通訳を派遣しているNPOだ。2002年から活動を始め、今では1年間で約6000件の派遣実績がある。今回、MICのことを知らない人が多いという声を聞き、こちらで活動紹介をさせていただくことになった。
MICの活動の柱となっている医療機関での通訳活動は、神奈川県等との協働事業(委託事業ではない)である。現在、県内72の医療機関と協定を結び、医療機関からの依頼で通訳ボランティアを派遣している。この「医療機関からの依頼で」というところ(つまり患者からMICに通訳を頼むのではないこと)が、外国人支援活動をしている人たちにもあまり知られていない理由のひとつかなとも思う。
利用できる言語は13(2024年度の派遣実績で多かった順に英、中国、スペイン、ポルトガル、ベトナム、タガログ、ネパール、タイ、フランス、カンボジア、ロシア、韓国・朝鮮、ラオス)。約180人の通訳者が登録している。
通訳は医療機関内で行われるやり取り全てが対象で、診察、検査の付添い・結果説明、手術説明、医療費や福祉制度の相談などさまざまである。診療科も制限がない。一番多いのは産婦人科で全体の約4分の1を占めている。次に内科、小児科、眼科、整形外科、消化器科、精神科と続く。眼科や精神科が多いのがちょっと意外かもしれない。
医療機関では医師などの医療者が必要だと思う場合に通訳を依頼してくる。通訳への謝礼は2時間までで3300円(交通費込み)だが、これは原則として医療機関が負担するため、派遣の要否を医療機関が決めるのはしかたがない面もある。ただし、この通訳費用は3分の1までは患者自身に負担してもらってもよいことになっており、約半数の機関が一部患者負担を導入している。そのため医師が通訳に入ってもらってきちんと内容を伝えたいと思っても、1100円を負担するのなら通訳はいらない、という患者もいて困ることもあるそうだ。
医療通訳者の募集は年に1回、7月に行う。募集言語はそのときに不足しているものを中心に4~5言語。2025年7月には、英、スペイン、ポルトガル、タガログ語を募集したが、タガログ語の応募者がいなかったため、ベトナム語を追加募集した。事前選考を経て、3日間の新任研修を受けてもらい、最終日に選考試験がある。2025年は4言語で57人の応募があり、最終的な登録者は10人だった。
MICが活動を始めた2002年当時は、1990年の入管法改正により日本で暮らす外国人が急増し、さまざまな課題に対応する必要が出てきていた。医療面では、病気になっても言葉が通じないので病院に行かず、重症化して医療費が多くかかることになってしまう。親よりも日本語が上手な子どもを学校を休ませて病院に連れて行って通訳させる。少数のボランティア精神のある通訳者に依頼が殺到して、その通訳者が疲弊してしまう、などの問題が出てきていた。子どもも頼まれて病院についていく知人も医療の知識があるわけではなく、正確な通訳ができていたかは疑問だ。家族の通訳者は、患者に伝えたくないことは通訳しない、ということもあるだろう。
そのような問題点を解決するために作ったのが、神奈川県の医療通訳派遣システムである。上記のような問題は、ずいぶん改善されてきたと思うが、子どもや知人による通訳はまだたくさんある。協定医療機関でも、MICに通訳を依頼する前に、まずは「日本語がわかる人を連れてきて」というところもあるようだ。このシステムの趣旨が完全には理解されていないのは残念だが、通訳費用が医療機関の負担になっているのが現実だろう。コロナ禍以後、タブレットで自動翻訳を使ったり、民間会社の電話通訳を利用したりする医療機関も増えfた。それでもMICへの依頼が途切れないのは、やはり研修を受けた第三者の通訳が直接患者の隣で通訳することの意味を医療機関が認めてくれているからだと思う。
通訳の派遣調整をしているのは15人のコーディネーター(有償ボランティア)だ。交代で1日3人がコーディネーターブースに詰めている。通訳が少ないのに依頼が多い言語(ネパール、タガログ、ベトナム語等)の調整はたいへんだ。通訳が見つからずにお断りすることもある。
通訳の応募者は減ってきている。ボランティアをする時間的・精神的余裕がある人が少なくなったのだろうか。医療通訳を取り巻く状況も変わってきた。「医療通訳」の存在が認知されてきたし、関連の資格が得られる機会も増えた。MICで経験を積んだ後に通訳者として就職し、登録をやめる人もいる。ちょっと残念に感じるが、それはMICの勝手な思いかもしれない。
ボランティア活動は自分のためにもなるからこそ続けられると思う。医療通訳は、語学力アップだけでなく、医療知識も増えるので得るものが大きく、やりがいがあるという人も多い。だが、命にかかわるようなたいへんな通訳活動を続けてくださっている通訳スタッフの皆さんには感謝しかない。(MICの医療通訳スタッフの経験談はニュースレターに毎号掲載しているので、HPでお読みいただければうれしい。じんとくる話もいくつもある。)
MICではこの県等と協働の医療通訳派遣システム以外にも、個別に医療機関と契約しているケースもある。保健所での感染症通訳など、行政からの依頼で派遣することもある。医療ではなく、学校や児童相談所などの県内公的機関に通訳を派遣する制度(一般通訳)もある。こちらは外国人からの依頼も受けることができる。
外国人住民に対する管理が強化され、暮らしにくい社会になりつつあるが、人は生活していれば病気もするし、けがもする。しかも外国人はきつい仕事を担ってくれている。MICのモットーは「言葉で支える いのちとくらし」。これからも通訳の専門集団として、外国人住民が安心して暮らせるような社会づくりの一翼を担っていきたい。
- 寝覚めの悪い日々から希望の未来へ
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2025年のクリスマスからずっと心が押しつぶされるような気持ちで年末を過ごし正月を迎えてきた。とりわけ朝の寝覚めは悪い。その主な原因は三重県知事が県の職員採用に国籍要件を復活させると言い出したことにある。日本人に生まれるか外国人として生まれるかは本人には選択の余地はない。その国籍の違いを持ち出して、日本国籍がないからと夢や希望を諦めなければならないとしたら、子どもたちはどんなにつらい気持ちになるだろう。今の日本はその国籍要件がどんどん肥大化していって、外国人を排除し、規制し、管理を強化しようとする方向に流れて行っている。外国人が優遇されている、社会保障を食い物にしている、外国人が増えてくると治安が悪くなる。デマにもとづく情報がSNS上で拡散され、それが選挙の票につながっていく。地方参政権すら有しない在日外国人は訴える場も、抗議し政治に反映させる仕組みすらない。これは単に排外主義というだけでなく、民主主義の危機でもある。例えば今回の三重県の国籍要件の復活は外国人職員を排除しなければならないという立法事実はないにもかかわらず、知事は情報漏洩の「懸念」があるからと外国人採用を取りやめるという。しかも、その判断材料に10000人県民アンケートを実施して決めるというのである。勝手に情報漏洩の「懸念」を外国人に押し付けて「外国人なら情報を漏らすかもしれない」というのは差別扇勤以外の何物でもない。公的立場に立つものは絶対にやってはいけないことだ。関東大態災時に起こったデマによる朝鮮人・中国人虐殺を思いおこせば、これがどれほど危険な行為であるかは分かるだろう。2018年人種差別撤廃委員会も勧告を出して「適当な制裁を科すこと」と警告を発している。しかも、国籍要件復活の判断材料にするという「10000人県民アンケート」もひどすぎる。住民とはその地域に住所を有する者を指すのに、このアンケートは10000人を住民票から抽出しないで選挙人名簿から抽出している。選挙人名簿は18歳以上の日本国籍者が対象である。つまり外国人は最初から除外されているのである。外国人の人権に関する、極めて重要な案件を、当事者であるマイノリティの声を聴くことなく、完全に排除した上で、マジョリティの日本人だけで決めてしまおうというのである。これは絶対にあってはならないことであり民主主義の否定そのものである。かつてドイツではナチスが党の綱領からユダヤ人を除外し(1920年)、「職業官更再建法」でユダヤ人公務員を退職させ(1933年)、「水晶の夜」でジナゴーグを破壊し(1938年)、ホロコースト(ユダヤ人の絶滅)へと暴走して行った。当時のドイツ人市民は地域社会からユダヤ人がいなくなっていくことを知りながらもこれを止めることなく黙認した。日本においても治安維持法が作られ(1925年)、天皇制や戦争反対を訴えようものなら特高察にしょっ引かれ携間を加えられ、社会は戦争の道へと突き進んでいった。多くの市民は口を閉ざしこれを黙認し続けた。
こんな話ばかりだと確かに心が塞がれてしまうだろう。しかし、時には希望を感じさせてくれる話もある。居ても立ってもいられず三重県庁前に行って抗議のスタンディングに行った時のことだ。三重県で人権活動を続けている人がこんなことを言っていた。三重県知事の国籍要件の復活は地元でもとても評判が悪いが、ある子どもがこんなことを言っていたと話してくれた。「こんなこと(=国籍要件の復活)をしたらぼくの友達だって働けなくなってきっと悲しい想いをするだろう」と言っていたという。これはこれまで取り組んできた三重県の人権教育の成果かもしれないが、希望はこの言葉の中に込められていると思う。大人こそ今一度考え直し、誤りは正さなければならないだろう。今末められているのは排除ではなく共生の仕組みづくりなのである。
- ~ある日の相談室から~
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DV天から殴られ、真夜中、裸足で逃げたA。パスポートをブローカーに取り上げられ財布一つを持って東京行きの列車に乗ったB。遠い鳥取県から、ヨコハマにさえ行けば何とかなると言われバッグ一つでやってきたC。31年前の阪神淡路大農災を経験したDはその後生まれた子どもたちの認知さえしてもらえず苦しい中でも生きている。いくつもの苦難の壁を越えてきた母たちでさえ、この間のネット上の言葉に、人間としての尊厳を根こそぎ傷つけられている。「竹ちゃん先生、毎日ビクビクしながら生きているなんて・・・私たちは精一杯仕事して、子育てをして、子どもの成長を楽しみに生きているだけなのに、なぜ悪者扱いをされるの?」とBが言った。「子どもたちも私も大好きな日本なのに、国へ帰れ、出ていけなんてひどいです。」確かにネット上の言葉は力にもなるし、時には暴力にもなる。そんな言葉を日常的に聞きながら「大丈夫、大丈夫、みんなを守るため、間違ったことには正々堂々と「NO!」と言うから、怖がらなくても大丈夫だから」。Cが言った。「竹ちゃん、信愛塾ってお母さんの愛だよねー、苦しい時も、怖い時も、うれしい時も、いつも一緒、大家族の愛塾にいると何も怖くない!!」

