会報誌「ともに」横浜だより

26.4.23 No.88

投票しづらい選挙って憲法違反? 滋賀大学教育学部教員 渡辺 暁彦

 年明け早々、通常国会の冒頭で衆議院が解散されました。厳しい寒さのなかで総選挙(28日投開票)が行われました。戦後最短といわれる選挙戦で、どれほど実りある論戦が交わされたのでしょうか。今回は「選挙」について取り上げてみます。

突然の解散で、投票所入場券(選挙ハガキ)の印刷・配送が間に合わないなど、各地の自治体で対応に苦慮する事態が生じました。入場券がなくても本人であることが確認できれば投票は可能です。とはいえ、「なりすまし」(詐偽投票)や二重投票などの犯罪が危惧されますので、入場券がない場合には本人確認に多大な時間を要します。せっかく投票所までやって来たのに、長い行列を見て投票しないで帰っていく人々を私も目撃しました。

雪国では投票所に行くのも難しく、投票を断念した方もおられたようです。足腰の弱い方、車いすを利用されている方にとっては“投票所に行きづらい”のでなく、“物理的に行けない = 投票できない状況だったのです。

また、短期決戦では候補者らの演説を耳にする機会も限られます。各党の主張や政策の違いを判断するための情報収集が難しくなります。なかなか届かない『選挙公報』を心待ちにした方がおられる一方で、SNSなどデジタル空間で簡単に情報を入手した方も少なくなかったようです。ただし、SNSや動画サイトには、事実に基づかない情報もあふれかえっていました。情報格差や偽・誤情報(フェイクニュース)のなかで、有権者は短期間で公正に判断を行い、一票を投じることができたかどうか。はなはだ疑問が残ると言わざるをえません。

そもそも選挙とはどのようなものでしょうか。中学校・公民の教科書を開くと、「〔民主主義とは〕みんなで話し合い、決定するというやり方」で、それを実現する大切な機会が「選挙」であると説かれています。別の教科書には「公開された情報の下で(知る権利)、たがいを個人として尊重し、自由に討論を行い(表現の自由)、平等に政治に参加できること」が民主政治を進めるために必要であると説明されています。さらに、公正な世論の形成には報道の自由も不可欠だという記述もあります。昨今、主権者教育の一環として、「選挙」学習に積極的に取組む学校も少なくありません(「主権者」の範囲については、別途、議論すべき問題がありますが、ここでは立ち入りません)。

 「選挙」がこれほど重要な手段だとすれば、誰もが投票しようと思えば投票できるということが前提でなければなりません。誤った情報や、事実に基づかない虚偽の主張に惑わされず、有権者が公正に判断を行えるような仕組みを整えておくことも大切です。日本国憲法や公職選挙法(公選法)が要請するのは、このような意味での選挙権の保障と「選挙の公正」の実現だといえます。

 先に紹介した、一見、些末な投票手続や選挙運動に関する事柄も、実は民主主義の根幹に関わる重要な憲法問題であるといって過言ではありません。

今回の衆院選では、政権が掲げる外国人政策の是非も争点でした。もっとも、複雑かつ多岐にわたる政策課題について丁寧に議論を交わすというよりは、各候補者による一方的な意見表明に終始した感があります。

選挙戦を通して、“日本人ファースト”“外国人への規制強化”といった決まり文句が繰り返されました。選挙運動の自由(表現の自由)を口実に、一部には公然と外国人に対する差別的発言(「選挙ヘイト」)を行う候補者もみられました。耳を塞ぎたくなるような言葉の数々、それは特にSNSや動画サイトに顕著でした。

公選法第225条は、選挙運動期間中に集会や演説を妨害する行為を「選挙の自由妨害罪」として罰則を設けています。単純なヤジ程度であればともかく、候補者に対する批判や抗議の声をあげて演説の進行を妨げたりすると同条違反に問われるおそれもあり、抗議者やマス・メディアさえも批判に躊躇いがちになります。

公選法の趣旨は、選挙の自由と公正の確保にあるとされます。自由には責任が伴います。他者の尊厳を傷つけ、「選挙の公正」を損ねるような選挙運動にまで、法律の保護が及ぶというのは理屈に合いません。

そもそも矛先が向けられた人々の多くは選挙権や被選挙権をもっておらず、選挙運動中の差別的発言に対して、「みんなで話し合い、決定する」機会すら与えられていません。公正であるはずの選挙を利用して、平然と他者を差別し、自らの意見を押し通そうとする候補者は、先の教科書の説明をどのように受けとめるのでしょうか。

 民主主義を維持することの難しさが問われる時代です。多様なルーツをもつ子どもが集う学校で、どれだけ民主主義や公正な選挙の実現を説いても所詮、絵空事のようにうつるかもしれません。民主主義の健全さは「ひとえに些末な技術的細部である選挙制度にかかっている」(オルテガ・イ・ガセット)といわれます。些末な投票手続に係る事柄や選挙運動の方法が、結果的に誰かを優遇したり、逆に誰かに負担を強いたりしていないか。蟻の一穴といわれますが、まずは「選挙」にまつわる“小さな綻び”に目を向けることも大切です。

ケニアで出会った「もう一つの居場所」 ボランティアスタッフ 横川 玲奈

日本から飛行機で23時間。この国の人々に日本のことを尋ねると、「長崎と広島の国でしょ?」と口をそろえて話します。

郊外にはシマウマが闊歩し、キリンがカフェの隣を歩きます。高校の時に気にしていた“太い体形”も、ここでは「お尻があるからこそ美しい」と称えられます。日本の理想体型を180度覆してしまうこの国は、東アフリカで最も発展している国、ケニアです。

私が住むのは大都市ナイロビの住宅街です。

ここでは、中国の建設業者が建てた高層マンションがそびえ、所々にイギリス様式の古い石畳みのアパートや、隣国ソマリアが経営するマンションが混在しています。道路脇はケニア人が売るソーセージや季節の果物で溢れ、スーパーはアラビア語の商品が目立ち、ケニアが原産国のものは、ケニアへ移住したインド系の会社が生産していることが多いです。

ケニアは、多くの人とモノの交差点です。

私がインターンをしているマイクロファイナンスの会社でも、人は多様です。同僚は皆ケニア人ですが、ケニアには40以上の部族が存在し、皆異なる部族に属しているからです。

植民地支配により部族間の対立が生まれ、つい数年前まで大統領が特定の部族出身だったなど、決して対立と無縁な国ではありません。部族間の溝は外国人の私にはわからないほど深いものかもしれません。

それでも、衝撃だったのは、多くの人が複数の言語を話すことです。

オフィスでは、国の共通言語の英語とスワヒリ語が飛び交います。でも、家ではみんなそれぞれの部族の言葉を話します。中には、結婚や、部族が混在する地域に住んでいたからと、他の部族の言葉をいくつも話せる人もいます。

争いや差別が存在しながらも、共通の言語で社会を成り立たせ、家に帰れば自分たちの言葉を大切にしています。そうやって、異なる部族と共に生きる道を見つけてきたのかもしれません。

私はケニア人の友人と出かけるとき、気を遣ってアフリカの音楽を流し、英語で話し、食べ物を食べる時は「いただきます」の代わりに、みんなとキリスト教の祈りを捧げます。ケニアを尊重したいからです。言ってみれば、かなり自主的な迎合に近いです…。

けれど、日本の音楽流してよ!とよく言われます。そして続く反応は、「歌詞の意味を教えて」「もっと流して」というものです。

ケニア人は踊れる曲が大好きなので、いつのまにかポップアフリカンの音楽に戻っているのはご愛嬌です。ただ、彼らは私を通すことで日本を親しみたいらしいです。

会社では、同僚は「自分の部族のマンゴーが一番おいしい」と誇らしげに話し、別の同僚はキクユ族の挨拶を教えてくれます。ケニアの友人たちは、二つの「家」を持っているように見えます。一つはケニアという大きな社会。もう一つは、自分の部族という拠り所です。

私は海外が大好きで、六年間台湾、マラウイ、ケニアと住んできましたが、その国が好き、その国の人と関わりたいと思うからこそ、時に自分の育ってきた文化の価値観を忘れてしまいそうになります。日本も、時間を守る、目上の人を尊敬する、他人を配慮するなど素敵な習慣があります。他の文化の中で生きて、自分の育ってきた文化も大切にする、心地よい塩梅を探り当てるのはまだ難しいです。時に無理をしていると感じるときもあります。日本に帰りたいと弱気になるときもあります。

信愛塾の子どもたちにとって、信愛塾は単なる学びの場ではなく、「二つ目の家」のような存在だと感じています。信愛塾で自分の母語で楽しそうにスタッフの方と笑い合ったり、自分の言葉で気持ちを表現したりする姿から、ここだけは無理に日本に迎合することなく、自分の文化や言葉を安心して表現できる場所のように見えます。

学校という大きな社会と、家、そして信愛塾というもう一つの居場所。複数の「帰る場所」があることで、子どもたちは葛藤を抱えながらも、より自由に外の世界と関わっていけるのではないでしょうか。

私自身も、この場所での経験を通して、「共生とは何か」という問いを、子どもたちとともに考え続けていきたいと思います。

【書評】仮放免の子どもたち 「日本人ファースト」の標的 池尾伸一著 講談社 信愛塾スタッフ 大石 文雄

「私は透明人間だ」と言っていた子がいた。この本を読んでその言葉の意味を、彼女がいかに重い現実におかれていたのかということを再認識したような気がする。自分の意思ではどうにもできない現実の中でひとりもがき苦しむ。周りの人に訴えても埒が明かない。言葉としては知っていてもその状況におかれた人でしか味わえない苦しみだったのだろう。ここで取り上げているのは「仮放免」という制度である。日本で生まれても在留資格がない人がいる。難民申請をしても難民として認められないがため在留資格が得られなかったり、あるいは「超過滞在(不法滞在という言い方は許されない)」ということで在留資格を失った人たちもいる。在留資格がないと入管に拘束されたりするが、入管に収容されずに一定の制約下で外で生活することが許される「仮放免」という制度がある。この本は「仮放免」や「無国籍」に追いやられた子どもたちの話だ。子どもたちは普通に生活しているように見えても様々な制度から排除され、自分の夢すら描くことすらできない苦しみを味わわされる。人が国境を越えて移動するには様々な理由がある。中にはクルド人のようにトルコ政府の弾圧から逃れてくる少数民族の人々、ロヒンギャの人のようにミャンマー政府が自国民として認めず、迫害を逃れ国境を超えてくる人、本国での生活苦を逃れ職を求めやってきたが、何等かの理由で在留資格を失ってしまう人など様々である。そのような親たちから生まれた子どもたちは、生まれながらに罪を背負わされてしまうのである。以前、入管の職員が信愛塾に通う児童に「○○容疑者」と呼んだことがあった。入管に同伴したスタッフは日本で生まれ育ってただけなの何の罪があるのかと憤慨していた。今でも思い出すがその彼も「仮放免」だった。人は尊厳を持って自由に生きる権利を有すると世界人権宣言は謳っているが、日本では全くそれを否定する厳しい現実がある。特に在日外国人に対してである。生まれてくる子どもには国籍や在留資格を選ぶ事は出来ない。本書ではその具体的な話が語られている。日本語しかできないのに「大人になっても仕事はできないから期待するんじゃないよ」と入管職員から言われる子。「仮放免」だと親も本人も働けない。この世の中で働いてはいけないと言われたらいったいどうやって生きていけばいいのか。移動の自由もない。学校に通えば修学旅行で県外に出る場合もあるが、その場合も届け出が必要で、許可が下りなかったり、費用も掛かったりして諦めてしまう子もいる。病気をしても国民健康保険にも入れないため医者にもかかれず独自の処方でやり過ごしたり、10割以上の負担で多額の借金を抱えてしまったという話もある。在留資格がない人の進学の難しさ(子どもの権利条約が理解されてなくて認められない場合もあったという)、就職の困難さ(そもそも働いてはいけないというのだから夢も描けない)。父親が強制送還され家族が形成できない話、本国からの独身証明書を取り寄せることができず結婚すらできない話、など数多くの事例が紹介されている。この本は入管制度を分かりやすく伝えているだけでなく、最新のデーターもうまく使って現状を解説している。そしてこの本の圧巻は「仮放免」「無国籍」の個々のケースを当事者の視点に立って丹念に追いかけているところだ。制度の矛盾やひどさが当事者の苦しみや悲しみとなって伝わってくる。不条理や不安にさいなまれ続ける当事者に、さらに追い打ちをかけるように、「不法滞在者を追い出せ」とヘイトスピーチ(言葉の暴力)が襲ってくる。そして実際、「万引きをしている」偽動画まで流され恐怖に晒されたクルド人の子どもたちもいる。政府はそれを取り締まるのではなく、逆に「不法滞在者ゼロプラン」としてさらに厳しく追い出しを迫ってきているのである。

ここに出てくる子どもたちは、国籍は違っても人格を持った生身の人間である。この現実はあまりにもひどすぎる。外国人は「煮て食おうと焼いて食おうと自由」(元入国参事官の著書に出てきた言葉)ではなく、基本的人権尊重の視点を担保に入国管理制度の在り方こそ今の日本が考えなくてはならないことではないのかと思う。

編集後記 信愛塾センター長 竹川 真理子

誕生日を迎えたばかりのEが言った。「生きたいです!もっと生きたい!たけ先生とても怖いです・・・」

苦しそうな息をしながらふらつく身体をテーブルで支え、小声でつぶやくように切々と訴えるE、小学6年生で来日し苦労の連続だった。ようやく就職したばかりの彼女に癌が見つかった。抗がん剤治療が始まりその影響で髪も抜け落ち、怠さを抱えながらも「生きること」に全力で挑んでいる。「大丈夫、大丈夫」「ずっとあなたの側にいるからね」と心の声で毎日返事をしている。彼女は今、癌と闘っている。

 戦争の影はここ信愛塾でも子ども達の間から表出している。中東湾岸諸国(サウジアラビア、UAE、カタール、バーレン、クエート、オマーン・・・)そこでは昔から多くの外国人労働者が働いて来た歴史がある。建築現場、清掃、医療、介護など広い分野で働いている。あるフィリピン人の小学生が言った。「ママのお姉ちゃんと弟がクエートで働いている、ママは毎日フィリピンのおばあちゃんに電話してお祈りをしている、早く戦争が終わりますように・・・」この2ヶ月、若者や子ども達がたくさん話し始めた。心の中にある感情や思考が言葉を通して(中国語、タガログ語、日本語、英語等)外に出始め、訴えようとしている。子ども達の感性は鋭い、漏れ出てくる言葉をひとつ残らず受け止める。それが私達の仕事でもある。

 私達は訴える「NO WAR!」「NO HATE!」