会報誌「ともに」横浜だより

17.6.4 No.35

大統領も市民の手で変えることができる 立教大学 石坂浩一

3月10日、韓国の憲法裁判所は国会が行なった大統領の弾劾訴追について、これを認める判断をくだした。パククネ(朴槿恵)大統領は失職し、韓国の憲政史上初めて、国民の手で引きずりおろされた大統領になった。
 翌11日は土曜日で、ソウルの中心街には弾劾成立を喜ぶ市民たちが集まった。毎週土曜日に行なわれてきたいわゆる「ろうそく集会」はこの日が20回目で、同時に最後の集会になった。集会が行なわれてきた付近では3年前の4月16日に発生したセウォル号沈没事件の犠牲者遺族たちがテントを張って事件の真相究明を訴え続けている。そのほか、11日には「次は脱原発だ」とかパク・クネ政権によって党が解散に追い込まれ投獄されることになったイ・ソッキ議員の釈放要求とか、さまざまな声を聞くことができた。パク・クネ大統領についても、単に弾劾を喜ぶだけではなく、この間暴露された不正や専横を明らかにして拘束・処罰すべきだとの声があふれていた。韓国の人びとは市民の手で大統領を変えたのである。
 日本では、韓国はいつも政治が不安定で落ち着かない国だというイメージが強いのではないかと思う。また、大統領制で強力な権限を持ち、独裁や強権の政治を思い浮かべる人も少なくない。しかし、この間のろうそく集会は市民たちが平和的な集会を最後まで貫き、それも数十万の人びとが集まり、地下鉄の駅が大混雑しても、バスが渋滞したり迂回したりしても、平穏を保ったことがとても印象的であった。
 その反面、右翼団体は暴力に走った。憲法裁判所の審判が下される日には右翼団体の構成員が機動隊と暴力的にわたりあい、トラックで突っ込むなどの暴挙に走り二人が亡くなった。南北分断の下、韓国では反共勢力は「体制」であり「正義」であったが、それ自体は意味を成す価値ではないことが証明されたというべきだろう。右翼団体は大統領府の指示で大統領支持の集会をしたり、その資金が大企業グループから出ていたりした事実も、この間の報道で明らかになっている。政権の指令で動く官製デモだが、貧しいために動員費をもらっている老人たちも少なくない。過激な右翼団体も、韓国社会の矛盾を象徴している。
パク・クネ大統領の退陣は、単にきまぐれな支配者が、怪しい宗教にだまされて、不正行為をほしいままにしたということにとどまらない。むしろ、反共国家の枠組みを守るために許されてきた強権的な統治が市民によって拒否され、誰もが人権を享受できる、人びとのささやかな幸せを優先する社会へと、大きな価値転換を遂げようとするドラマが繰り広げられたというべきだろう。市民たちが、子どもたちにこの歴史的瞬間を見せておかなくてはといって、子ども連れで広場に駆け付けたのは、そうした意味があるのだ。
 日本では韓国の市民社会の動きを、「反日」などとそしる勢力がいる。でも、その人たちはむしろパク・チョンヒ大統領が強権政治によって日本と妥協することをたたえてきた人たちではないだろうか。隣国に暮らしていながら、その社会の人びとが望む声を、私たちは上滑りでない、本質を見抜く力をもって考えるべきなのだろう。
 韓国では大統領の権限が大きすぎる大統領制を変えた方がいいのではないかという意見も繰り返し提起されてきた。しかし、内閣責任制でしょっちゅう首相が変わってきた日本で、不正事件を追及しきれず、その座に居座ろうとする首相を辞めさせることもできない現実を見ると、制度も重要だが、それを動かす市民の力と意志が何より重要だと、あらためて感じざるをえない。私たちは東北アジアで新しい社会を作るための力をどのようにして発揮できるのだろうか。

彼女たちのひとりごと 相談センター長 竹川真理子

「夢があったとき、夢が叶うと良いなと思った」(C)。「誰かが助けてくれたときや友人がいたときは希望があった。でも今は絶望しかない」(F)。「クリニックからの帰り道、辛いことも感じないほど感覚が麻痺してしまった」(S)。「私の周りは大人ばかりで声をかける勇気もない。何を話していいのかも分からない。友人はみんな離れていった。話しをする相手は小さい子どもだけ、でもその時だけは心がざわつかない。大人はみんな顔があってものっぺら坊のお化けと同じ、朝目覚めると空っぽの一日が待っている」(J)。「お父さんに連絡しなければいけないけど死ぬほどイヤなこと」(F)。「また中学生の時みたいに髪の毛を抜いてしまう癖が出てきたみたい。本当に何気なく手が動いてしまう。ちょっと苦しい」(J)
 最近、小学生時代から信愛塾に来ていた外国籍や外国につながる女性たちから様々な相談や悩みが寄せられる。中には母国へ帰国した今でもメールで相談をしてくる。彼女たちの子ども時代を取り巻いていた現実はすさまじく厳しかった。オーバースティ、不就学、DV、セクハラ、ネグレクトなど。苛酷な現実に耐えられず、自分だけの世界を作り上げる術を身につけてしまった彼女たち。耳にはシャッターが下りたまま、それはいつも耳にイヤホンをしている状態なのだろうか。自信なげな彼女たちの顔がひとりひとり浮かんでくる。彼女たちをそばで支え、話しを聞いてくれる人は誰もいなかったと言う。唯一あのころ信愛塾でおしゃべりをし、ぐちを言い合って大さわぎをしていた頃がなつかしいとも言う。中学生の頃、学校でも孤立し、家庭内でも孤立していたCは「今、香港の雑踏の中が一番心が落ち着きます」とメールしてきた。
 日々の満たされない生活の中で、精いっぱい踏ん張って立っている彼女たちに共通しているのは、母子家庭、貧困、大人不信(彼女たち自身も20歳をすぎた大人だけれど)、そして男性不信…。表現できそうもない日常生活の中で自分を偽りながら生きている。日々過ぎていくことへの苛立ちからか、そしてSOSを発することもできず流れていく時間への抵抗なのか、今も自傷行為を繰り返すことすらある。彼女たちの多くは差し延べられた手の握り方が分からない。分からないどころか、目の前にある手さえ見えないでいる。そんな彼女たちの息づかいを身近で感じる時、ここにあるこの手を握ってくれればいいのに、ただそれだけで充分なのにと思いながらも「私はそばにいるよ」と声をかけ、寄り添い、見守り続けている。
 先日、香港にいるCからメールが届いた。自分のことより私の心配をしてくれている。「タケちゃん先生、日本は桜の季節ですね。この季節が過ぎると多分すごく忙しくなるんでしょうね。ストレスをためないで適度に頑張って息抜きしてください、会いたいです。」そしてもう一通はFから、「タケ先生、公園の木の下で、今年も写真を撮ろうよ。少しずつ前に進んでいるよ」と。Fの言葉に確実に生きることに根を張りだした彼女たちの姿勢が強く伝わってきた。Jも今、保育所の見習いスタッフとして活躍しだしている。Sをはじめ心配な子もたくさんいる。いつも子どもたちを見ていて思うのは一歩踏み出す勇気を持ってほしい、そして最後まで希望を失わないでほしいと。桜咲く季節なのにこんなことを切に思う新学期の始まりです。