会報誌「ともに」横浜だより

22.5.12 No.65

今だからこそ 信愛塾ボランティアスタッフ 福田開史

 ロシアによるウクライナの軍事侵攻が始まってから2ヶ月以上が経った。日本も、戦禍を逃れた人々の受入れを早期に決定し、入国後の生活面を含め支援している。戦禍でトラウマを抱えた方々が、知人も少ない、言葉も通じない新天地で生活を送ることの難しさは計り知れないが、行政だけでなく、多くの個人やNPO、企業などが手を挙げ、こうした人々を支えようとしている。
 対照的に、昨年アフガニスタンでタリバンが実権を掌握した当時、避難を必要とする人々の姿が連日報道されたが、行政に同様の動きはなかった。その後、在留資格に関しては特例措置が講じられたが、ウクライナのような生活面の支援等は今もない。
 また、周知のとおり、日本はそもそも「難民を受け入れない国」だ。コロナ前の2019年でみると、10,375人の申請者に対し認定は44人(0.4%)に限られる。各国で難民申請者の状況は異なるとはいえ、他の先進国(例:カナダ55.7%、ドイツ25.9%)と比較して、日本の認定率はあまりにも低い。
 ウクライナからの避難者に対しては比較的柔軟な対応を進めているこの国が、今日も、その他の国からの難民に対して「NO」と言い続けている。限られた選択肢の中で一縷の望みを抱いて来日した当事者にとって、その命を左右する難民としての受入れが、恣意的な線引きに基づいて決定されるのは、重大な問題だ。
 一部の欧州メディアが、ウクライナ侵略の深刻さを強調するために「今までの紛争とは違い、ヨーロッパで、我々と同じような見た目の人々が…」といった語りを用いた。日本で同じ語りがされるわけではないが、避難する人々の状況の深刻さを想像するときに、あるいは、その日本での生活を想像するときに、無意識に人種的要素などが影響していないだろうか。他者への共感に基づき、困難を抱える人々に支援の手が広がることは言うまでもなく大切だが、そうした支援策は、共感の外の人には届かないものになる可能性がある。
 こうした状況を乗り越えるために、我々が他者を知り、共感の幅を広げていくことの重要性は強調してもしきれないが、それと同じくらい重要なのが、大きな出来事を1つのきっかけとして、それへの一時的・恣意的な対応に終わらないような「制度」をつくることだと思う。ウクライナ侵攻でいえば、緊急的な対応として避難民を受け入れて終わらせるのではなく、こうして共感が広がったことを1つの契機として、難民受入れ全般に関する制度の見直しを進めていくべきだ。ウクライナに限らず、どんな国からきたどんな人をどうやって受け入れる制度が必要なのか、議論する必要がある。その際、「人権」「平等」といった概念でこうした制度を根拠づけていくことで、制度の公平性を担保することも重要だろう。
 こうした構造は、難民問題以外でもみられる。例えば、コロナ禍で困難を抱えた人々に対して、新たな支援策が(決して十分とはいえないが)様々に打ち出された。これは、感染症という万人に影響する「緊急事態」の中で、社会的な困難を抱える人に共感が広がって可能になったものだ。しかし、人々の生活に困難をもたらす社会的な要因は、感染症以外にもたくさんある。コロナ禍の支援策の中には、コロナ前から必要だったもの、そしてコロナ後にも必要なものがあるのではないか。収束に向けて、こうした問いかけが必要となっていく。
 最後に話を難民問題に戻すと、現在政府が再提出を検討している入管法改正案は、難民申請中の人々の強制送還を可能とすることや、難民に準ずる「補完的保護」の創設など、まさに難民受入れに関する制度改正を含んでいる。ウクライナからの避難民を進めている今だからこそ、その内容について改めて知り、議論することが必要だ。

鎌倉市議会でのヘイトスピーチは許さない 一般社団法人神奈川人権センター副理事長 工藤定次

 在日コリアン2世である金秀一(キムスイル)さんは、自治労(全日本自治団体労働組合)の職員として自治労神奈川県本部で働き、労働者の労働条件改善に取り組んできました。2013年3月に県本部傘下の組合である鎌倉社会福祉協議会労組において労働争議が発生しました。当時、金さんはこの争議の県本部担当者の一員として労使交渉に参加し、労働組合を支援してきました。(この争議は2016年11月に県の労働委員会が、不当労働行為にあたると認定し、組合側が全面勝利しました。)
 ところが当時、鎌倉市会議員であった上畠寛弘氏は、2014年2月、議会とSNS上でこの労働争議を取り上げ、金さんの実名をあげて差別発言や、差別投稿を繰り返し、組合側を非難し、労使関係に介入しました。「労組と共に団体交渉にやってきた自治労の幹部は一般的な日本人の名前ではありません」「日本人でない自治労の幹部」と金さんを誹謗中傷し、議会でも「やくざ」「暴力団」「反社会的勢力」などと暴言を繰り返しました。特に2017年3月15日の市議会特別委員会での発言は許しがたいものでした。「自治労本部の人間でキンスイルと言う方が、~参議院議員の名刺をちらつかせて団体交渉にきたことなんですよ。~そういう人間がきたらそういう人間の名刺をちらつかせて~キンスイルという関係の人、来たらね、それはびっくりしますよ。ヤクザまがいと言ったのを覚えていますよ。」「~私はこの人を調査しているんですよ。公安調査庁とも連絡をとりあっている。」さらに「自治労本部から入るようなことをしないで下さい。~他の自治労の人がどんどん来てもいいですよ。でもそういうことを一度やった人間がいたら怖いですよ。~私、特に出身が出身だけに、本当に怖い。」というものです。
 上畠氏のこれら一連の議会発言、投稿に対して、金さんの尊厳と人権を回復するために自治労神奈川県本部、神奈川人権センターは2017年以降、今日まで4回にわたって上畠氏本人、鎌倉市長、鎌倉市議会議長あてに、抗議と発言の精査、当事者からのヒアリング、適切な対応を求める申し入れを行いました。
鎌倉市は2014年1月に「鎌倉市人権施策推進指針」を改定し、「外国人の人権を擁護する取り組みが必要」として「多文化共生社会の推進」を謳ってきました。したがって上畠氏の一連の民族差別発言、投稿もこの「指針」に沿って対処されるものと期待されました。しかし、鎌倉市は「上畠氏の発言は市議会の問題」とし、何ら対処せず責任を回避することに終始しました。
 2018年12月、鎌倉市、鎌倉市議会における対応がこれ以上は期待できないと判断した金さんは裁判に訴えることを決意し、上畠氏と鎌倉市(松尾市長)を横浜地裁に提訴しました。上畠氏に対しては、SNS投稿の削除、差別発言への謝罪と損害賠償を、鎌倉市に対しては、市議会における上畠氏の差別発言の会議録と動画からの削除、損害賠償を求めました。尚、上畠氏の差別投稿を掲載したSNSは裁判中に削除され、彼の差別発言を記録した市議会動画はすでに視聴出来なくなっています。
裁判で金さんは、上畠氏のヘイトピーチ・民族差別言動によってニセモノの自分が作られ、あたかも実像であるかのように流布されていること、そのことが会議録、動画で公開、web上で拡散されること、市議会で差別されていることが「本当に悲しく、戸惑い、憤りを覚える」、「日本人と在日のみならず日本に住むすべての外国人が、共に生きるための相互理解をすすめなければいけない。~そのために真の出会いが必要で、本裁判がそのための第1歩となることを願ってやみません。」と訴えました。
被告上畠氏は、一連の発言は「論評の域」「表現の自由の保証」と主張。特に問題となった「私、出身が出身だけに怖い」発言は、「被告上畠が暴力団関係者の多いと考えられている大阪の出身者であることから~表現したもの」と大阪府民、大阪出身者を侮辱する内容にすり替えたのです。
2021年12月24日ついに判決の日を迎えました。裁判長より「被告鎌倉市は、原告に対し、11万円の金員を支払え」との判決が下されました。判決理由では、被告上畠氏の一連の発言とSNSへの差別投稿から続く「私、特に出身が出身だけに本当に怖い」発言を「在日コリアンという原告の出自を理由に原告を不当に貶める差別的発言と認められる」と認定し、SNSへの差別投稿と併せて「鎌倉市会議員としての職務とは関わりはなく、違法又は不当な目的をもってなされたものである」と国家賠償法上の違法性を認め、同法の規定から鎌倉市に賠償金の支払いを命じました。
 原告の金さん及び弁護団及び裁判闘争を支えてきた「支える会」はこの判決が勝訴(勝利)であると判断、又被告の上畠氏、鎌倉市は控訴せず、2022年1月24日に判決は確定しました。金さんが裁判で強く訴えた上畠氏の発言、投稿が民族差別であることを裁判所が認めたことはヘイトスピーチ根絶、民族差別撤廃の運動にとって大きな前進です。
 ただ、問題も残っています。上畠氏の発言、投稿は民族差別、違法と認定されたものの、国家賠償法上の限界から、上畠氏本人への損害賠償とはならず責任は鎌倉市だけとなっており、差別発言当事者たる上畠氏本人には及んでいません。また上畠氏の議会における差別発言を掲載した会議録も依然として存在しています。
「日本人と日本に住むすべての外国人が、共に生きるための相互理解をすすめ、そのために真の出会いが必要」と語る金さんの願いに応え、今後も、ヘイトスピーチ、民族差別根絶、真の共生社会を実現するためのたたかいが続けられます。更なる支援、協力が必要です。