会報誌「ともに」横浜だより

24.11.5 No.79

言語的マイノリティの子どもとエンパワメントの教育 文京学院大学 教員 小林 宏美

今年はアメリカ大統領選挙の年で、11月には新しい大統領が決まる。今回の選挙の争点は、人口妊娠中絶や銃規制の問題などがあるが、大きな関心事となっているのが、アメリカとメキシコとの国境を不法に渡る中米からの非合法移民急増の問題だ。トランプ前大統領は、当選したらメキシコから不法に流入する移民を阻止するために国境を封鎖し大規模な強制送還を実施すると表明している。

アメリカは、その建国期からこれまで世界で最も多くの移民を受け入れてきた。近年アメリカで急増しているのが、ヒスパニック(Hispanics)と呼ばれる中南米諸国出身者およびその子孫で、スペイン語を母語とする集団である。Pew Research Centerによると、アメリカにおけるヒスパニック系人口は、20237月時点で6500万人、全人口に占める割合は約19%に達している。2020年度アメリカ国勢調査によると、ヒスパニック系はカリフォルニア州とニューメキシコ州で、それぞれ人口の約39%、約48%を占め、最大の民族集団となっている。

移民国家であり多様な背景の人々が暮らすアメリカでは、言語的文化的マイノリティの子どもたちにどのような教育が提供されているだろうか。アメリカは連邦国家であるが、教育に関する権限は州政府にあり、実際の公立学校の運営は学区(school district)に委ねられている。学区とは教育行政を担う行政区のことで、全米におよそ15,000ある。学校予算の決定や教育カリキュラムの編成、教員採用などかなりの権限が学区に与えられている。

アメリカの公立学校には、英語能力が不十分で授業についていくのが困難な「英語学習者(English Learners、以下EL生徒)」と呼称される子どもたちが多く在籍している。全米教育統計センター(NCES)によると、2021年度全米の公立学校に在籍したEL生徒は、530万人(約11%)であった。州別でみると、最も割合が高いのはテキサス州の約20%で、次いでカリフォルニア州約19%、ニューメキシコ州約19%と続く。

カリフォルニア州の公立学校には、2022年度約113万人(全児童生徒の約19%)のEL生徒が在籍していた。EL生徒の母語は108カ国語におよび、上位10言語は最大がスペイン語(約82%)で、ベトナム語、中国語、アラビア語、広東語、ロシア語、ペルシャ語、フィリピノ語、パンジャブ語、韓国語と続く。

アメリカでは1968年にバイリンガル教育法が成立し、EL生徒にバイリンガル教育プログラムを提供する学区に対して、連邦政府の補助金が支給されてきた。それまで英語のみで授業を受けていた英語を母語としない子どもたち、とくにヒスパニック系の子どもたちは、言語的ハンディを抱え学力が低く中退率が高く、教育の専門家を中心に英語のみの授業の弊害が指摘されていた。バイリンガル教育プログラムは、英語とEL生徒の母語を活用して授業を展開するもので様々な形態があるが、その目標は大別すると二つある。一つはEL生徒の英語習得および学力向上を目指すもので、もう一つは英語と母語の両方の運用能力および学力向上を目指す。バイリンガル教育プログラムは母語としてスペイン語を話す子どもたちが、スペイン語を話すことに価値があることを見いだし、自文化に対する誇りをとりもどす後押しとなった。アメリカの学校では、50年以上バイリンガル教育が実践され、英語と子どもの母語の両方の運用能力を獲得したバイリンガルの人材が社会で活躍している。とくに初等中等教育のバイリンガル教育プログラムでは、自身がバイリンガルの教員が少なくない。

バイリンガル教育の第1人者であるジム・カミンズは、子どもの母語・母文化保持の重要性について以下のように指摘している。グローバル化時代には、複数言語、複数文化のリソースにアクセスを持つ社会の方が社会的、経済的に重要な役割を果たし、国際社会で有利な立場にたつことができる、バイリンガルに育つ子どもは2つの異なった言語で情報処理する結果、思考の柔軟性に優れている、母語と学校言語の2つの言語は相互依存的であり、家庭で母語を通して獲得した知識やスキルは、学校言語で学んだ概念、言語、リテラシーの力に転移できる、学校が効果的に母語を教え、母語のリテラシーも育つ環境であると子どもの学校の成績も上がる。

近年、日本の学校でも日本語指導が必要な子どもが増え、国際教室や加配教員の設置により教育支援が施されてきた。多様な言語・文化的背景をもつ子どもたちにとって、自分の身近な母語能力が価値のあるものと認められ、日本語だけでなく母語の能力を保持伸張させる学習活動に参加できることが、学力向上とアイデンティティ形成にとって重要であろう。グローバル化する社会においては、母語を資源としてとらえ社会に参画していく力を与える教育活動はエンパワメントの教育の可能性を秘めている。

信愛塾の実習を通して感じたこと 文京学院大学2年生 大山 稜太郎

信愛塾の実習を通して、外国籍の子どもが日本で過ごす上で多くの課題があることを学んだ。その中でも特に深刻な課題は、言語の壁だと感じた。子ども達は選択肢がなく半ば強制的に日本にやってくるため、日本語を必死に覚えないといけない苦労を抱えている。

日本語を話せない子どもは日本人とうまくコミュニケーションが取れないため、集団から孤立したり、自分の気持ちを伝えられない場面が多々ある。それが原因で助けを求められず、ストレスを溜め込んで周囲の人や物にあたってしまうこともよくある。信愛塾では、中国籍の王さんだけでなく同じ言語を話す子どもたちも通っているため、自国の言語でコミュニケーションをとることが可能で、そんな体験が人と話すことへの抵抗感を薄れさせてくれている。日本語に慣れる以前に人とのコミュニケーション力を養うことが大きな第1歩である。

文化の違いでは、それまで自分の中で当たり前だった文化が日本では異なるため、生活する上で不便だと感じる場面が多くある。それだけでなく、日本においても異文化理解を深める教育が希薄であるため、日本文化の強制やいじめの原因にも発展することがある。しかし、信愛塾では文化の違いを認め合い、子ども達もそれぞれの個性として受け入れられるため、自国の文化に誇りをもって過ごせるようになっていく。そして、日本文化も、少しずつ理解していく中で日本の生活にも慣れてくる。

 信愛塾は外国籍の子どもたちにとって、ありのままの自分を受け入れてくれる安心して過ごせる場所である。それだけでなく、気軽に相談に乗ってもらったり、保護者も子どもを安心して任せられるので心の拠り所となっている。信愛塾と同じ外国籍の人々を手助けする場所を全国に増やしていくことが求められているが、活動内容を多方向へ発信することで、多くの人に認知してもらうことが可能になる。このような活動により、少しでも貢献したいと行動に移す人が今後の社会で増えていけば、より豊かな共生社会が構築できると考える。それだけでなく、今一度行政や法律のあり方を見直し、外国籍の人々が社会で快適に過ごせるように変えていく必要性もあると感じる。11人が互いに共生できる関係性を築き上げられる社会形成こそがこれからの日本があるべき未来だと考える。信愛塾はその未来を実現するための希少な存在である。

編集後記 信愛塾センター長 竹川真理子

たくさんの人々が信愛塾に毎日顔を出してくれる。中でも悩みの中にいる少年少女たちとの会話はとても辛苦でもあるが、未来への希望を感じることもある。あなた方は自分の夢を追い、実現するために生まれてきたのだから、私に少し応援させて欲しいと思う今日この頃です。

韓国旅行中の方からソウルの植民地歴史博物館に信愛塾のニュースレターが展示されているとの連絡がありました。私たちの思いが海を越えて繋がっていることを実感しました。ヤッホイ!!(ヤッホイは信愛塾の元気になる合言葉です。)